2007年11月11日

沖縄ノート

*大江健三郎氏はこれを執筆するにあたり
誰一人関係者に直接取材しておりません。
読み物としては読みやすいです。(やっぱ文章がまわりくどくてきついや^^;)
今回はこの文章が名誉毀損で裁判になりました。
個人名はあげてませんが簡単に特定できるのでは?
裁判は結審しておらずいまのところどうなるかはわかりません。


476 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 09:52:50 ID:WjCLwROm0
慶良間列島においておこなわれた、七百人を数える老幼者の集団自決は、
上地一史著『沖縄戦史』の端的にかたるところによれば、生き延びようとする
本土からの日本人の軍隊の《部隊は、これから米軍を迎えうち長期戦に入る。
したがって住民は、部隊の行動をさまたげないために、また食糧を部隊に提供するため、
いさぎよく自決せよ》という命令に発するとされている。
沖縄の民衆の死を抵当にあがなわれる本土の日本人の生、という命題は、
この血なまぐさい座間味村、渡嘉敷村の酷たらしい現場においてはっきり形をとり、
それが核戦略体制のもとの今日に、そのままつらなり生きつづけているのである。
生き延びて本土にかえりわれわれのあいだに埋没している、この事件の責任者はいまなお、
沖縄にむけてなにひとつあがなっていないが、この個人の行動の全体は、
いま本土の日本人が綜合的な規模でそのまま反復しているものなのであるから、
かれが本土の日本人にむかって、なぜおれひとりが自分を咎めねばならないのかね?
と開きなおれば、たちまちわれわれは、かれの内なるわれわれ自身に
鼻つきあわせてしまうだろう。

岩波新書 大江健三郎著 『沖縄ノート』p69~p70より引用

477 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 09:55:46 ID:WjCLwROm0
※『創造』を支えているもうひとりの中心人物たる高校教師は、なおも直截に、
それを聞く本土の人間の胸のうちに血と泥にまみれた手をつっこんでくるような事実を、
すなわち一九三五年生れのかれが身をよせていた慶良間列島の渡嘉敷島でおこなわれた集団自殺を語った。
本土からの軍人によって強制された、この集団自殺の現場で、祖父と共にひそんでいたひとりの幼児が、
隣りあった防空壕で、子供の胸を踏みつけ、凶器を、すぐにもかれ自身の自殺のためのそれとなる
凶器をふるうひとりの父親を覗き見てしまい、祖父と共に山へ逃げ込む。そのようにして集団自殺の強制と、
抗命による日本軍からの射殺と、そして米軍の砲撃という、三重の死の罠を辛くも生き延びたところの、
まさに慶良間におこった事件の、その核心のところに居あわせた人間の経験について
かれは篤実に語るのであった。

岩波新書 大江健三郎著 『沖縄ノート』p69~p70より引用

※『創造』演劇集団大江は一九六五年にはじめて彼らに会った。

478 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 09:59:24 ID:WjCLwROm0
このような報道とかさねあわすようにして新聞は、慶良間列島の渡嘉敷島で沖縄住民に集団自決を強制したと
記憶される男、どのようにひかえめにいってもすくなくとも米軍の攻撃下で住民を陣地内に収容することを
拒否し、投降勧告にきた住民はじめ数人をスパイとして処刑したことが確実であり、そのような状況下に、
「命令された」集団自殺をひきおこす結果をまねいたことのはっきりしている守備隊長が、戦友(!)ともども、
渡嘉敷島での慰霊祭に出席すべく沖縄におもむいたことを報じた。僕が自分の肉体の奥深いところを、
息もつまるほどの力でわしづかみにされるような気分をあじわうのは、この旧守備隊長が、かつて
《おりがきたら、一度渡嘉敷島に渡りたい》と語っていたという記事を思い出す時である。おりがきたら、
この壮年の日本人はいまこそ、おりがきたと判断したのだ、そしてかれは那覇空港に降りたったのであった。
僕は自分が、直接かれにインタヴィユーする機会をもたない以上、この異様な経験をした人間の個人的な資質
についてなにごとかを推測しようと思わない。むしろかれ個人は必要でない。
それは、ひとりの一般的な壮年の日本人の、想像力の問題として把握し、その奥底に横たわっているものを
えぐりだすべくつとめるべき課題であろう。その想像力のキッカケは言葉だ。すなわち、おりがきたら、
という言葉である。一九七〇年春、ひとりの男が、二十五年にわたるおりがきたら、という企画の
つみかさねのうえにたって、いまこそ時は来た、と考えた。
かれはどのような幻想に鼓舞されて沖縄にむかったのであるか。p208続く


479 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:02:16 ID:WjCLwROm0
かれの幻想は、どのような、日本人一般の今日の倫理的想像力の母胎に、はぐくまれたのであるか?
まず、人間が、その記憶をつねに新しく蘇生させつづけているのでなければ、いかにおぞましく
恐しい記憶にしても、その具体的な実質の重さはしだいに軽減してゆく、ということに注意をむけるべき
であろう。その人間が可能なかぎり早く完全に、厭うべき記憶を、肌ざわりのいいものに改変したいと
ねがっている場合にはことさらである。かれは他人に嘘をついて瞞着するのみならず、自分自身にも嘘をつく。
そのような恥を知らぬ嘘、自己欺瞞が、いかに数多くの、いわゆる「沖縄戦記」のたぐいをみたしていることか。
たとえば米軍の包囲中で、軍隊も、またかれらに見棄てられた沖縄の民衆も、救助されがたく孤立している。
そのような状況下で、武装した兵隊が見知らぬ沖縄婦人を、無言で犯したあと、二十数年たって
この兵隊は自分の強姦を、感傷的で通俗的な形容詞を濫用しつつ、限界状況でのつかのまの愛などと
みずから表現しているのである。かれはその二重にも三重にも卑劣な強姦、自分たちが見棄てたのみならず、
敵にむけるはずであった武器をさかさまに持ちかえておこなった強姦を、はじめはかれ自身にごまかし、
つづいて瞞着しやすい他人から、もっと疑り深い他人へと、にせの言葉によって歪曲しつつ語りかけることを
くりかえしたのであったろう。
そしてある日、かれはほかならぬ強姦が、自分をふくめていかなる者の眼にも、p209続く

480 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:06:47 ID:WjCLwROm0
続き
美しいつかのまの愛に置きかえられえたことを発見する。かれは、沖縄の現場から、被害者たる沖縄の
婦人の声によって、いや、あれは強姦そのものだったのだと、つきつけられる糾弾の指を、
その鈍い想像力において把握しない。慶良間の集団自決の責任者も、そのような自己欺瞞と
他者への瞞着の試みを、たえずくりかえしてきたことであろう。人間としてそれをつぐなうには、
あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で行き伸びたいとねがう。
かれは、しだいに希薄化する記憶、歪められる記憶にたすけられて罪を相対化する。つづいてかれは
自己弁護の余地をこじあけるために、過去の事実の改変に力をつくす。いや、それはそのようではなかったと、
一九四五年の事実に立って反論する声は、実際誰もが沖縄でのそのような罪を忘れたがっている本土での、
市民的日常生活においてかれに届かない。一九四五年の感情、倫理観に立とうとする声は、
沈黙にむかってしだいに傾斜するのみである。誰もかれもが、一九四五年を自己の内部に明瞭に喚起するのを
望まなくなった風潮のなかで、かれのペテンはしだいにひとり歩きをはじめただろう。
本土においてすでに、おりはきたのだ。かれは沖縄において、いつ、そのおりがくるかと虎視眈々、
狙いをつけている。かれは沖縄に、それも渡嘉敷島に乗りこんで、一九四五年の事実を、
かれの記憶の意図的改変そのままに逆転することを夢想する。その難関を突破してはじめて、
かれの永年の企ては完結するのである。かれにむかって、いやあれはおまえの主張するようなp210続く

481 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:09:21 ID:WjCLwROm0
続き
生やさしいものではなかった。それは具体的に追いつめられた親が生木を折りとって自分の幼児を殴り殺す
ことであったのだ。おまえたち本土からの武装した守備隊は血を流すかわりに容易に投降し、そして戦争責任の
追及の手が二十七度線からさかのぼって届いてはゆかぬ場所へと帰って行き、善良な市民となったのだ、
という声は、すでに沖縄でもおこり得ないのではないかとかれが夢想する。しかもそこまで幻想が進むとき、
かれは二十五年ぶりの屠殺者と生き残りの犠牲者の再会に、甘い涙につつまれた和解すらありうるのではないかと、
渡嘉敷島で実際におこったことを具体的に記憶する者にとっては、およそ正視に耐えぬ歪んだ幻想をまでも
いだきえたであろう。このようなエゴサントリクな希求につらぬかれた幻想にはとめどがない。おりがきたら、
かれはそのような時を待ちうけ、そしていまこそ、そのおりがきたとみなしたのだ。
日本本土の政治家が、民衆が、沖縄とそこに住む人々をねじふせて、その異議申立ての声を押しつぶそうと
している。そのようなおりがきたのだ。ひとりの戦争犯罪者にもまた、かれ個人のやりかたで沖縄をねじふせること、
事実に立った異議申立ての声を押しつぶすことがどうしてできぬだろう?あの渡嘉敷島の「土民」のようなかれらは、
若い将校たる自分の集団自決の命令を受けいれるほどにおとなしく、穏やかな無抵抗の者だったではないか、
とひとりの日本人が考えるにいたる時、まさにわれわれは、一九四五年の渡嘉敷島で、p211続く

482 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:12:42 ID:WjCLwROm0
続き
どのような意識構造の日本人が、どのようにして人々を集団自決へと追いやったかの、およそ人間の
なしうるものと思えぬ決断の、まったく同一のかたちでの再現の現場に立ちあっているのである。
罪をおかした人間の開きなおり、自己正当化、にせの被害者意識、それらのうえに、なお奇怪な恐怖を
よびおこすものとして、およそ倫理的想像力に欠けた人間の、異様に倒錯した使命感がある。
すでにその一節をひいたハンナ・アーレントのアイヒマン裁判にかかわる書物は、次のような
アイヒマン自身の主張を収録していた。「或る昂揚感」とともにアイヒマンは語ったのである。
《およそ一年半ばかり前〔すなわち一九五九年の春〕、ちょうどドイツを旅行して帰って来た
一人の知人から私は或る罪責感がドイツの青年層の一部を捉えているということを聞きました・・・
・・・そしてこの罪責コンプレックスという事実は私にとっては、謂うならば人間をのせた最初の
ロケットの月への到着がそうであるのと同じくらい、一つの画期的な事件となったのです。
この事実は、それを中心に多くの思想が結晶する中心点となりました。私が・・・・・・捜索班が
私に迫りつつあるのを知ったとき・・・・・・逃げなかったのはそのためです。
私にこれほど深い印象を与えたドイツ青年のあいだの罪責感についてのこの会話の後では、
もはや自分に姿をくらます権利があるとは私には思えなかった。これがまた、この取調がはじまったときに
私が書面によって・・・・・・私を公衆の前で絞首するように提案した理由です。
私はドイツ青年の心から罪責の重荷p212続く

483 名前:名無しさん@八周年[] 投稿日:2007/11/11(日) 10:14:41 ID:c3Rb6AIP0
>>33
すげえ

484 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:15:15 ID:WjCLwROm0
続き
を取除くのに応分の義務を果たしたかった。なぜならこの若い人々は何といってもこの前の戦争中の
いろいろな出来事や父親の行動に責任がないのですから。》おりがきたとみなして那覇空港に降りたった、
旧守備隊長は、沖縄の青年たちに難詰されたし、渡嘉敷島に渡ろうとする埠頭では、
沖縄のフェリイ・ボートから乗船を拒まれた。かれはじつのところ、イスラエル法廷における
アイヒマンのように、沖縄法廷で裁かれてしかるべきであったであろうが、永年にわたって怒りを持続
しながらも、穏やかな表現しかそれにあたえぬ沖縄の人々は、かれを拉致しはしなかったのである。
それでもわれわれは、架空の沖縄法廷に、一日本人をして立たしめ、右に引いたアイヒマンの言葉が、
ドイツを日本におきかえて、かれの口から発せられる光景を思い描く、想像力の自由をもつ。
かれが日本青年の心から罪責の重荷を取除くのに応分の義務を果たしたいと、「或る昂揚感」とともに語る
法廷の光景を、へどをもよおしつつ詳細に思い描く、想像力のにがい自由をもつ。
この法廷をながれるものはイスラエル法廷のそれよりもっとグロテスクだ。なぜなら「日本青年」一般は、
じつは、その心に罪責の重荷を背おっていないからである。ハーレントのいうとおり、
実際はなにも悪いことをしていないときに、あえて罪責を感じるということは、その人間に満足をあたえる。
この旧守備隊長が、応分の義務を果たす時、実際はなにも悪いことをしていない(と信じている)人間の
にせの罪責の感覚が、取除かれる。「日本青年」は、p213続く

485 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:20:48 ID:WjCLwROm0
続き
あたかも沖縄にむけて慈悲でもおこなったかのような、さっぱりした気分になり、かつて真実に罪障を
感じる苦渋をあじわったことのないまま、いまは償いまですませた無垢の自由のエネルギーを充満させて、
沖縄の上に無邪気な顔を向ける。その時かれらは、現にいま、自分が沖縄とそこに住む人々にたいして
犯している犯罪について夢想だにしない、心の安定をえるであろう。それはそのまま、将来にかけて、
かれら新世代の内部における沖縄への差別の復興の勢いに、いかなる歯どめをも見出せない、
ということではないか?
おりがきたら、とひたすら考えて、沖縄を軸とするこのような逆転の機会をねらいつづけてきたのは、
あの渡嘉敷島の旧守備隊長のみにとどまらない。日本人の、実際に厖大な数の人間がまさにそうなのであり、
何といってもこの前の戦争中のいろいろな出来事や父親の行動に責任がない、新世代の大群がそれに
つきしたがおうとしているのである。現にいま、若い世代の倫理的想像力の世界において、在日朝鮮人を
めぐりどのような事態がおこっているかを見よ。ごく一般の愚かしい高校生が、なにものとも知れぬものに
つながる使命感、「或る昂揚感」に揺り動かされて、その稚い廉恥心すらそこなうことなく、朝鮮高校生に
殴りかかる実状を見よ。この前の戦争中のいろいろな出来事や父親の行動と、まったくおなじことを、
新世代の日本人が、真の罪責感はなしに、そのままくりかえしてしまいかねない様子に見える時、
かれらからにせの罪責感を取除く手続きのみをおこない、逆にかれらの倫理的想像力における真の罪責感のp214
種子の自生をうながす努力をしないこと、
それは大規模な国家犯罪へとむかうあやまちの構造を、あらためてひとつずつ積みかさねていることではないのか。
p215

岩波新書 大江健三郎著 『沖縄ノート』>>478->>482>>484p208~p215より引用終わり


486 名前:名無しさん@八周年[sage] 投稿日:2007/11/11(日) 10:24:16 ID:WjCLwROm0
最後おまけ
僕はまた、集団自決をひきおこすことになった島を再訪しようとして拒まれた旧守備隊長に、
おまえはなにをしにきたのだ、と問いかける沖縄の声のひきだした答が、「英霊をとむらいにきました」
というものであったこと、抗議の列をすりぬけて、星条旗をつけた米民間船に乗った旧守備隊長が、
ついに渡嘉敷島にいたり花束を置いていったという報道をグラフ誌に見出す。
日本人とはなにか、このような日本人ではないところの日本人へと自分をかえることはできないか、
という暗い内省の渦巻きは、新しくまた僕をより深い奥底へとまきこみはじめる。
そのような日々を生きつつ、しかも憲法二二条にいうところの国籍離脱の自由を僕が知りながらも、
なおかつ日本人たりつづける以上、どのようにして自分の内部の沖縄ノートに、完結の手だてがあろう?
                                         〔七〇年四月〕
岩波新書 大江健三郎著 『沖縄ノート』p228より引用



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この記事へのコメント
裁判一審判決でたので載せます。

沖縄集団自決訴訟、当時の守備隊長の請求棄却・大阪地裁

・太平洋戦争末期の沖縄で起きた集団自決を命じたなどとする記述で名誉を傷つけられたとして、旧日本軍の当時の守備隊長と遺族が岩波書店とノーベル賞作家の大江健三郎さん(73)に出版差し止めや計2000万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決で、大阪地裁は28日、原告の請求を棄却した。

 守備隊長の命令については「真実と信じる相当の理由があった」と判断し「名誉棄損は成立しない」とした。また、集団自決への軍の関与については「日本軍が深くかかわったと認めることができる」との初判断を示した。

 訴えていたのは、1945年3月、沖縄・慶良間諸島の座間味島と渡嘉敷島で、多くの住民が集団自決した当時、座間味島の守備隊長だった梅沢裕さん(91)と、渡嘉敷島の守備隊長だった故・赤松嘉次さんの弟、秀一さん(75)。
 http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080328AT5C2800F28032008.html
Posted by 久良波久良波 at 2008年03月28日 23:09
 真実認定は避けて「真実と信じる相当の理由があった」
軍命は認めてないけど「関与」は認める。

政府の見解にほぼ沿ってるのかな。
Posted by 久良波久良波 at 2008年03月28日 23:12
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